こんにちは、はるたろうです。

 

11月から訳あって活動を自粛していました。

 

 

あまり人に言える話ではないなと思って、

仲間内でしか話していませんでした。

 

 

重い話だし、広まった所で得になることもない事なので、ブログに書くつもりはありませんでした。

 

 

でもそろそろ、気持ちを保存して前に進まなければと思い書きました。

いつまでもダラダラ引きずるのも気持ち悪いですし、重い思いは書きとめて後ろ向きになるのはもう止めようと。

 

 

一言で言うと、すごく悔しい思いをしました。で、もっと強い男になろうと決意しました。

 

 

その時に書いたやつです。

 


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悲しみから抜けられずにいる

 

 

この悲しい気持ちを忘れたくなくて
この悔しい気持ちを忘れたくなくて

 

書くことにする
 

  

  

 

 

もう彼女と会って1年以上経つ
 

 
 
初めて会った時はただのナンパだった。
LINEを交換して、準即して


始めはただの話しやすいやつとか、
やたら感じやすくてイキやすい奴とか
その程度の気持ちだった。
 
 

 

 
それからもう1年が経つ。
彼女の魅力に引き込まれて行ったのはいつからだろうか。
 
 
 

 
準即した2週間後、
2人で「君の名は」を観に行った。

 

その足で歌舞伎町のLHに入り一夜を過ごす。

彼女は敬虔なクリスチャンの家系だった。
キリスト教の世界観について話をしたり、
また彼女の好きな新海誠の映画について話をしたり。

 

 
彼女とはよく映画を観る。

 
それまで映画は好きではなかった。2時間も拘束されるのが嫌いで。
でも、彼女と映画を観るうちに短時間で色々な感情を共有している事に気づく。

 

それから映画をよく観るようになった。
 
 
 
飾り気のない彼女にハイヒールの靴をプレゼントしてやった。
脚が綺麗だから、ついでにTバックとミニスカも。

 
屈託のない笑顔でありがとうという彼女。
彼女はどんな場面でも丁寧にありがとうを言える。
喜ぶ顔を見てたまにはこんなのもいいなと思った。

 
 
 
彼女とはこの1年間、共に四季を感じて来た。

 
年明け。初詣と共に、浅草巡りをする。和が好きな彼女は着物を着て参拝する。

 

春の前は新宿御苑に梅を見に行く。しっとりと雨が降る中、2人で傘をさして歩いた。

 

春、八重桜が何100mも続く秘密のスポットに。子供の頃から見てきた光景。どこのガイドにも載ってない場所。都内でこんなところは他にあるまい。

 

夏、あじさい祭りに花火に深川祭り、浴衣を着て2人で出店を巡る。
 
 
 
 
 
 
いつのまにか引き込まれて行った。
好きで仕方なくなった。
 
 
彼女は自分が結婚している事を知っている。
彼女にも彼女で彼氏がいる。
お互い、お互いのパートナーをとても大事にしていてそんな互いの状況を認め合っている。
 
 
 
でも、それでも彼女の事を愛していた。
結婚してる以上、好きだとか愛してるとか言うのは反則だと思う。だからいつもは絶対に言わないようにしている。
 
それでも、あまりにSEXに気持ちが入りすぎて、好きだと言うことを我慢できなくなる時があった。
抱きしめて、抱きしめて、それでも伝えられない思いが喉の奥から嗚咽のように出てくる。
そんな状態になる事もあった。

 

 

 

 

 

 

 

 
 
 
 

  

夏の終わりからしばらくして、日本三大花火の一つ土浦花火大会に行く。
10月8日、この日は梅酒祭りに映画に花火に、お腹いっぱいになるくらい色々な事をした。
 

 

  

それからしばらく、ハロウィンに集中するために連絡が途絶えた。

 
 
 
ハロウィンが終わり、今年の活動もひと段落した所で彼女に連絡を取ってみる。
 
 
 
 
 
 
いつもならすぐ帰る連絡が来ないことを疑問に思う。
 
 
 
 
数日経ち、彼女から返信が来る。
 
 
 
 
 
 
彼女は妊娠していた。
 

確認する
どうやら自分の子だ。


少し考える。

 
 
電話をする。
 

彼女はもう中絶の手続きを始めていた。

 

 

 
産んで欲しかった。

 

電話をする前、実際産んだらどれくらいの生活費がかかるのかを考えていた。
結婚してても稼ぎはある。彼女をこの先ずっと養い続けるためにどうしたらいいかを考えた。
その事を伝えた。

 
でも、

自分には力が足りなかった。
 

自分にも相手にもパートナーがいる。

そして周りには家族関係があったり、職場があったり色々な人間関係がある。

僕の自分勝手を突き抜けて彼女の人生を丸ごと引き受けるには、器が足りなさ過ぎた。
 

 

 

 

 


それから3日後、彼女は手術をした。
 

 
 
 
彼女の体は既に変化を始めていた。
手がむくんできたり、風邪っぽくなったり。
新しい命を宿すための準備を始めていた。

それが急激に終わり、また体も急激に変化する。
 
 

 
体が軽くなった
などと、あっけらかんとした態度を取ろうとする彼女。
 

 
見ていられなかった。
 
 
 
 

  

  

 

 

 

 

 

 

 

手術の翌日
検査の後合流する。

  

 
本を読む彼女を横に17時前まで仕事をした後、
彼女の希望で近くにある教会の礼拝堂に行くことにした。

  

 

 

 
冬の夕方の薄暗い礼拝堂、他には誰もいない。
 
 
 

 

 
しばらく2人で祈りを捧げることに。
 
 
 
 

 

 

 


少しすると、パイプオルガンの演奏が後ろから聞こえてくる。
練習をしているのだろうか。
 

 

 

 
 
 

静かな空間の中、 パイプオルガンの神聖な音楽だけが流れてくる。
 
 

  

 

 

 

 
彼女の涙が止まらなくなってしまった。

 

 

 
それまで悲しい顔を少しも見せなかった彼女。

 
本当に悲しくないはずなんかないだろ。
 

 

 
今までずっと我慢してたんだろう。
 
 
 

  

  

 

 

 

 

辛かっただろ

 

 

 

我慢しなくていい

 

 

お前は悪くないから

 

 

 

ごめんな

 

 

 


自分もまた、こみ上げて来る涙と嗚咽でそれくらいしか声をかけてやれなかった。

 

 

 

 

できるのは抱きしめて一緒に泣いてやる事くらいだった。

 

 

 


それから1時間以上、そのまま2人で過ごした。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 
男は勝手な生き物だ。

自分の都合で女の子に迷惑をかけ、
また女の子の人生を変えて行く。
 
 
 
そして、何故かは分からないが女を傷付ける男の方が女の子は興奮するし記憶に残る存在になったりする。
 
 
 
 
僕はPUAを目指している。
からしたら最低な男の1人だと言える。

それでも、今まで馬鹿な男の中でもプライドだけは持っているようなつもりでいた。
 
自分なりの筋の通し方をしているつもりでいた。
 
 

 

でも今回わかったのは、もっと、
もっと器の大きな人間にならないといけないという事だ。

 

 

 


男はどこまで行っても、
女の子の辛さを分かってあげることは出来ない。
どれだけ自分が辛くても、分かってあげたくても女の子の辛さは分からないんだと感じた。

 
 

 
そんな男だからこそ、
女の子を転がしたり自分のいいようにしたり出来るのかもしれない。
そんな男だからこそ女の子も楽しめるのかもしれない。
 
 
 
でも改めて僕は、
最終的に女の子を幸せにしてやりたいと思った。

 

 

 
そのためには、
どこまでも自分勝手でしかいられない男が、相手の人生を丸ごと引き受けて責任を取ってやるくらいの器にならなければ。

 

 

ちっぽけな、細いナイフみたいな筋の通し方をしたって互いの人生は引き受けられない。
どんな事があっても崩れないくらいの盤石な、太い柱のような筋を通さなければ。
 
 

 

 
 
自分は愛し愛される関係を求めているんだと知った。
でも愛し愛された結果、お互いが傷ついてはダメだ。お互いが幸福感に包まれるような関係性を求めたい。

 

 

 
最後には女の子が笑顔になれるように。
そして幸せに向かって歩けるように、背中を押してやりたい。

【格闘技】経営者は短い時間意識を磨き上げろ!

ものすごく稼ぐ経営者の経歴を見ていると、

「スピードの中に身をひたす」
という経験を散々した人というのが多かったりする。
 
 
 
例えば与沢翼さん。
中高と暴走族。一人で走るのが好きだったようだ。
散々スピードには身を浸していたはず。
 
 
 
同様に、知人で関俊一さんという人もいる。
この方も元々レーサーだ。
 
その他にも元レーサーというのは
経営者の経歴を辿って見ると意外とチラホラ見る。
 
 
 
僕は経営者だったり政治家みたいな人は
全員武術か格闘技をやった方がいいと思っている。
 
 
その中の一つの理由として、
「攻防の一瞬の判断で生死が決まる」というのがある。
 
 
つまり一瞬で状況を正しく判断し、
判断を元に体を操縦しないと死ぬ。
という状況に置かれるからだ。
 
 
格闘技ならば死ぬ確率は極端に下がるけど、
それでも拳が当たれば痛いし、
その場にそれ以上居たくないと思えるほどの苦痛に見舞われることになる。
 
 
しかも実際に組手をしてみればわかるけど、
相手の拳なんか全然見えないんだよね。
もう、気づいたら殴られてるみたいな感じ。
 
 
 
自分がやられるかもしれないという緊張状態の中、
相手よりも早く動き、
一瞬で正しい状況判断と身体操作をする。
これは生半可な能力ではない。
 
  
 
だから、僕は組手は素人同然だし、
未だに怖くてしょうがないけど、
やらなきゃいけないことだと思ってやっている。
やれば世界が開けると思ってやっている。
 
 
 
 
ところで話は変わるけど、
幕末には下級武士達が活躍した。 
あれは「日頃から武術を徹底的に稽古していた」
というのが非常に大きいのではないか、と僕は考えている。
 
 
 
その理由は、時間に対する意識の形成のされ方が
武術をすることにより変わってくるからだ。
 
 
 
例えば高杉晋作桂小五郎のような人達は、
松下村塾で学んでいた。
その他の武士達も、儒学を学んだり、兵法を学んだり、
世の中の動きを学ぶことは当然していた。それが武士の教養だから。
 
これらの日々の学びで形成されるのは、
世の中を広く深く見るという視点だ。
 
 
これは時間軸に置き換えて見ると、
「長い時間軸の意識や精神力」を育てていることになる。
 
 
例えば、自分は人生において何をすべきか、
今の世の中において自分は何に命を賭すべきか、
そうした事を考える基盤になるのが「長い時間軸の意識や精神力」だ。
 
 
 
ただ、「長い時間軸の意識や精神力」を身に付けさえすれば、人生で有効な取捨選択ができるかというとそうでもない。
それはみんなもよく知っているはずだ。
 
 
人生どうするか、考えすぎて一歩も踏み出せない人はいっぱいいる。評論家みたいに色々口出ししてくるくせに何もしてないやつ、よくいると思う。
ビジネスもナンパも頭ばっかで考えて実際何も出来てない人がほとんどだったりする。
 
 
僕自身、親から「長期的な視点で物事を考える」という事を徹底されてきた気がするから、
わりと慎重に物事考える方だとは思う。
 
でも慎重に長期的に物事考えたからといって、
やってみないとわからない事なんていっぱいあるし、
むしろ自分の悪い頭で考えてわかる事なんてほとんどなかったりする。
自分自身は高校の頃からひたすら人生思い悩んできたけど、結局毎日の気分で考えなんて左右されるし、考えて決められる事なんてほとんどないというのが僕の見解だ。
 
 
 
そうして考えた時、
自分の置かれている状況をガラッと変えたり、
人生に大きな影響を与える出来事って実は「一瞬の変化」だったりする。
 
 
そしてそれを生み出すのは
「一瞬の反応」であり「一瞬の変化」であり
「一瞬の決定」や「一瞬の行動」や「一瞬の集中力」
だったりする。
 
 
実は、長期的な視点で物事を考えると結局、
「短い時間軸の行動や意識」というのが
決定的に重要だという事がわかるはずだ。
 
 
 
そして、それを最も端的に鍛え上げる事ができるのが
武術のような
「身が危険に晒された状態でスピードに身をひたす」
という行為なのだと考えている。
 
 
 
 
幕末、学者達や上級武士達がほとんど活躍できなかったのは混乱の時代で武力が重宝されたからではない。
そこは本質ではなく、「短い時間軸の意識や精神力」を磨く機会が決定的に足りなかったからだと思う。
 
 
 
もちろん、「短い時間軸の意識や精神力」がありさえすればうまくいくというものでもない。
 
やはり「長い時間軸の意識や精神力」と両方を合わせ持つ事は必要だと思う。
「短い時間軸の意識や精神力」さえあれば偉人になれるなら、格闘家やアスリートは全員偉人になっている。
 
「長い時間軸の意識や精神力」を身につけるための、
歴史や地政学に関しての教養だったり、
人生をいかに生きるかという哲学的な部分だったりは当然取り組まなければいけない。
 
どちらかではいけないという事だ。
 
「短い時間軸の意識や精神力」と「長い時間軸の意識や精神力」をどちらも磨き続ければ、当然人生は良くなるはずだ。
特に、何か大きい事をしてやろうと思っている人間には必要な考え方だと思う。
 
 
 
政治家や、経営者というのはどちらかというと
「長い時間軸の意識や精神力」の形成に意識が行きやすい人種だ。
 
ところが、「短い時間軸の意識や精神力」の形成というのは話している人を見た事がない。
経営者の中にはその重要性に直感的に気づいている人はわりと見かける。
スポーツをやり込んだり、格闘技に取り組む経営者がチラホラいることからもそれは見て取れる。
でも政治家なんかはほとんど見た事がない。
 
 
 
まあ今の世の中、
そこまで世の中の事を考えている経営者も政治家も見ないから、
「長い時間軸の意識や精神力」も
「短い時間軸の意識や精神力」も
どっちも鍛えろって話かもしれないけど。
 
 
 
もっと武術とか格闘技をしようという話でした。

【生き方】自分の進むべき未来は、自分で作る

こんにちは、はるたろうです。

 
 
 
3年前くらいに受けた、木坂さんのセミナーを久しぶりに復習して発見した。
 
 
インターネットの創世記、
人々はマッシュアップ的なサイトが発展していくと考えていた。
人々の知恵が集まってできる、集合知のようなもの。
それがインターネットにより促進されていくと人々は考えていた。
  
 
 
しかし現実はそうではなかった。
 
インターネットの普及により加速していったのは、
「人々が個の世界を保有する」という性質だ。
一般的に知られるのは繋がりの部分だけどそうじゃない。
インターネットは「個」というものを育てる文化なのだ。
 
 
結果、マッシュアップ的な集合知を期待していた人たちの思惑は破れ、
個の力にフォーカスしていったサイバーエージェントなんかが残る事になった。
 
 
 
 
僕はセミナーを聴きながら、
自分の行動と照らし合わせていた。
その中で一つ気づいたことがある。
 
 
 
それは、結局自分の行きたい世界は
自分以外誰も体現することは出来ないんだ。
というシンプルな事実だ。
 
 
 
 
僕はある種、人間の究極みたいなものを
目指して生きていきたい人間だ。
 
 
中二病だなんてわかってるし、
それを言えるような実力なんて毛程もないことを自覚してるけど、
でもやりたいんだからしょうがない。
 
 
インターネットにより集合知が出来上がれば、
自分の目指す状態や、
自分の目指す知の体系、
そうしたものが既にどこかにあったのかもしれない。
 
そして、それは自分の心の中のどこかにあった思いでもあるかもしれない。
「誰かがこんなことをしていないだろうか」
「誰かがこんなコンテンツを作っていないだろうか」
 
 
 
でも、前述の通りインターネットにはそんな性質はない。
輝ける個性だけが強調され、
そこにその他大勢の人が集まる場が出来上がった。
 
 
 
と、いうことは、
自分の目指す世界を持ってるなら、
それは自分で提示して自力で進んでいくしかないってことだよね。
 
 
 
誰かが自分の代弁してくれることは一切期待できない。
それがネットの性質だ。
自分の気持ち、自分の世界観、自分の目指す世界、
そうしたものは一切、他の人が真似できないものなんだと自覚した方がいい。
 
 
 
 
自分の目指す世界は自分で提示し、
自分で作り上げ、自分で歩んでいく、
そして自分でこの世の人達を巻き込んでいくんだ。
それをやらないってことは、自分の理想世界の体現を放棄しているっていうことなんだ。
 
 
 
 
そんな単純だけど、
重要な事実に気づいた。
 
 
 
 
 
今日はここまで。

人生は長くない。生き急げ。

どうもこんにちは。

はるたろうです。
 
 
もうすぐハロウィンが来る10月中旬。
 
先月少し多めに活動して、
その後仕事が忙しくなりまたナンパができなくなった。
 
そして今日、少し前に連絡先を聞いた子とアポをして、
即れず終わった。
反省点としては引きが弱すぎたこと。
イベント以来、押せ押せでやりすぎてるから。
 
 
 
まあ、そんなことはいいんだ。
 
 
 
 
ハロウィンが終わったら、11月12月と来て
もうすぐ僕は32歳になる。
 
まだ年の瀬には早いけど、少し振り返ってみた。
 
 
自分は本当にやりきったと言えるのか?
自分は本当に求めるものを手に入れているのか?
 
 
 
…答えはNOだ。
 
 
 
 
独立はした。収入も上がった。
取引先との関係もいい。
いい奥さんもいる。
 
 
 
でも、自分が「生きてるうちにやりたい」
と思っていることをやり切れているかというと、
全くそんなことは無い。
 
 
最近よく思うけど
人生は本当に短いんだ。
 
 
 
30くらいって、まだまだ先があると思うかもしれないけど。
体力は落ちるし、
SEXは何回もできないし、
酒も弱くなる。
 
少しずつ若い子からの食いつきが落ちてるのを感じるし、
話題について行くのも大変。
テンションでトークもできない。
 
全力で倒れるまでナンパできるのもあと数年だと思う。
先はそんなに長く無い。
 
 
 
 
 
昔から親や教師に言われ続けて来た。
 
「若いうちは選択肢を増やすことが大事。
1つのことに決めてしまわないで世界を広く見なさい。」
 
確かにそれは一理あるかもしれないけど、
その分大事な時間を消費するんだよね。
 
結局僕は大学に行かなかった。
 
 
 
 
 
若いうちに徹底的に取り組まないと
完成されない分野というのは沢山ある。
 
いや、沢山では無いか、ほぼ全てと言っていい。
 
 
格闘技なんか典型的。
僕は亀田興毅が羨ましいと思う。
 
ちょうど亀田兄弟が話題になっていた頃、
僕は身体運動の研究と武術道場の稽古に
ほぼ全ての時間と金を費やしていた。
 
好きなことに没頭できていたのはいいけど、
研究所でも道場でも、
武術の一番の肝となる「組手」「攻防」「自由稽古」
みたいなことは全くしなかった。
 
 
だから、どれだけ体の動きがよくなっても、
不自由さがいつも付きまとっていた。
殴り合いや斬り合いをしないで本当に使える動きなんか身につくわけがない。
自由な殴り合いから生まれる認識は見えようが無い。
 
水槽の中で泳ぎ回ってる魚みたいな気分だった。
 
 
そこへ行くと、
生活、人生全てがボクシングの亀田兄弟は本当に羨ましい。
この上なく恵まれた環境。
 
  
  
そして今、亀田興毅は引退し
同い年の僕の心の奥底にある
格闘技への思いはくすぶったままだ。 
 
同じ31歳。
天と地ほどの差が出来たと言っていい。
 
 
 
 
 
ナンパも格闘技に近い部分がある。
若い子の気持ちが一番わかるのは若いうちだ。
 
その頃に女の子の気持ちをキャッチすることをしていないと、
相当苦労するのは間違いない。
火の鳥さん含め凄腕は大体元々モテてた人達。
元々完全なコミュ障はなかなかいない。
 
歳を取っても女を口説き続けられるのは、
若い頃女にモテて、なおかつ格好いい歳の取り方を体現できる、
ほんの一握りの男達だ。
 
若いうちにやりたいことはやっておかないと、
後から手に入れるのは本当に難しい。
 
 
 
僕は23の時クラブで働いてたけど、
その後の7年間の生活は本当に地獄のようだった。
 
この社会の中でどう生きていったらいいのかが分からず、
ひたすら右往左往した。
 
その間ナンパはほとんどせずにビジネスの勉強ばっかり。
花開くまでも時間がかかり過ぎた。
 
しょうがないとも言えるけど、
その間血が通っていた気がしない。
全ての景色が冷え冷えとしていたように感じる。
 
 
若いうちの苦労は買ってでもした方がいいけど、
同時に若いうちに楽しいこともしまくった方がいい。
 
今10代20代くらいのナンパ師さん達に伝えたいのは、
「とにかく生き急げ」ってこと。
金稼げる仕事をしまくって、女を口説きまくる。
好きなことをしまくる。それを未来に繋げる。
それが一番いい。
 
 
 
はるたろうも自営業になって、
やっと自分の人生を取り戻せた。
しかし、束の間の楽しい時間も、終わりが近いのかもしれない。
 
自分のピークはあと数年。
 
その間に徹底的にナンパを極めたい。
 
 
 
まだまだ僕は、
超美女というジャンルを抱いていない。
せいぜいスト8くらいまで。
 
スト9、スト10、
スーパーモデルのような誰もが振り返る絶世の美女を抱きたい。
心を完全に掌握したい。
 
 
 
 
人生の時間は限られている。
改めて、自分が心からやりたい事。
それだけに集中しよう。

【ビジネス】書生募集

こんにちは、はるたろうです。

 

 
突然ですが、書生さんを募集する事にしました。

 
いきなりなので、順を追って説明します。

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書生とは〜以下Wikipediaより引用〜


漢語本来は、勉学をする余裕のある者という意味合いだったが、日本では主として明治・大正期に、他人の家に住み込みで雑用等を任される学生を意味した。

 

 

日本の書生の歴史


1872年に学制が布かれると、地方から都会に上り、高等学校や大学等へ通う学生が現れるようになった。しかし、当時は単身者が居住するのに適した住居は少なく、炊事や洗濯などの家事にも不慣れな若者が大半であったため、その多くは親戚縁者の世話になったり、家賃や食費を支払って他人の家に下宿したりするのが通常であった。そのため「書生」という言葉は、「他人の家に下宿して家事や雑務を手伝いつつ、勉強や下積みを行う若者」のことを指すようになった。
また、生活費に困窮する者に対しては、地方出身の篤志家が住居の一角に学生を住まわせ、家賃の代わりに簡単な家の手伝い(掃除や商売上の雑務、清書等)をさせるようなことも行われた。篤志家側も、地元出身のインテリ書生を抱えることはステータスの一種であったこと、また、書生が中央官僚などになった際には、人脈から多様なメリットが生じるといった打算的な考えを持つ者も少なくなかったとされる。
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という事です。

  

 

 

僕自身、昔ながらの丁稚奉公というのは、上手く利用すると自分のスキルアップにも繋がりゆくゆくはビジネス全体を任せてもらえるようになる素晴らしいシステムだと思っています。

 
僕の尊敬してる経営コンサルタントの石原明さんなんかも、日本の経営者は書生を育てなくなってからレベルが落ちていると言っていますし。

 

これは僕もその通りだと思っています。

 

 

 

で、一昨日即った子に聞いたところ、
(その子はかなり占い好きな子でして)
僕の人生の宿題は子作りと青少年の教育なんだそうです。


性少年じゃなく青少年ね笑


僕もそれまで色々考えていたところ、そんな話が来たので早速動いてみてるという感じです。

 

 

 

ただ、僕は自分より若い世代から金を取って何かしようという事はあまり考えてません。


確かに金を払って何かを学ぼうとする人は、マインドが高いし教えがいもあるかもしれませんが、僕は何かを教えるほどヒマな時間を持っていません。

 

 


一緒にビジネスをするのも気が乗りません。

 
お金のコミュニケーションの仕方を知らない知人とビジネスをするとほぼ100%トラブルなります。僕も親友を失ったり、過去に苦い失敗体験があります。

 

 

 

出資もどうかなという感じです。ビジネスの出だしで人から簡単にお金を貰おうと思ってる輩にロクな奴はいません。やりたきゃクラウドファウンディングがいいんじゃないでしょうか。

 

 

 

 
という感じで、僕と上下関係を作る事なく、
フラットな関係を保ちながら僕がギブ出来るにはどうしたらいいものかと考えてたら、書生というワードが思い浮かびました。

 

 

 
僕の書生さんになると


・事業体で保有してる教材は全て見れます、学べます。
(TAVその他ナンパ関連は除外します)
・僕とコミュニケーション取れます。
・何か考えてる事があれば相談くらいは乗れるかも
・勉強会なんかには優待します
・仕事が出来る人のボランティア案件がもらえたりします。つまり人脈作りのチャンスができます。
・場合によってはちょっとした仕事も振ります。
といったメリットがあります。

 

 

 

 
書生さんには、僕が買ってる教材のダウンロードや保管,整理など情報にアクセスしやすくする作業をお願いします。


ネット上の情報は、いつでも取り出せるように捉えがちですが、意外と自分でダウンロードして保管しておかないと削除されてたりする事がよくあります。


僕はこれを図書館のようにいつでも取り出せる状態にしたいと考えています。
特に報酬は払いませんが、その分勉強はいくらでもして頂いて構いません。
学びたいように学んでください。

 

 

 
いくつか条件があります。


・既に自分でビジネスかナンパを始めている事
・ほんの少しでもいいので実績を出している事
・この先果たしたい目標がある事
・実名での契約が交わせること。
・情報の横流し行為は当然厳禁。
これらを満たしていればOKです。

 

 

 
書生になりたい人は僕と直接面談が必要です。
さすがに見ず知らずの人に頼むのは少し怖いです。

 

 
あと、僕はクレクレ君は大嫌いです。クレクレ君は容赦無く候補から除外します。
ギブなく奪おうとする人間は基本絶対成功できません。

 

 

富裕層はギブに対してギブで返すのでさらに富んでいきますが、底辺層はギブをするとさらにギブを欲し、果てには奪おうとします。
よってギブすら受ける事が出来ないのが底辺層です。


そういう人とは関わるつもりはありませんので、
あらかじめお断りしておきます。

 

 

 
以上です。
1名いれば十分だと思いますので、興味のある方はTwitterのDMか何かでご連絡ください。

 

 

ではでは。 

 

 

 

【ナンパとビジネス】0から成し遂げる強さ

はるたろうです。

 


福岡に出張で来て、色んな人と会えてます。


前に来た時も思ったけど福岡クラスタはアットホームというか、なんか温かい感じがします。

これは福岡クラスタっていうより福岡の人の雰囲気なのかな?

例のごとくわちゃわちゃ飲んで、そのあと猫行って奮闘してました。

 


熊本から来た中島くん@kunniringer は2日前に来て2即してるんだとか。
ししおさん@cco_nanpaは1日3即したらしいし
すげえ勢いだな…

ついでにくすおさんにも会えたし、偶然きゃりーさんにも会えて収穫ものすごいありました。

いつもながら場を作ってくれるウラックさんには感謝しないとです。

 


さて、僕は仕事の転換期という事もあり、どうもナンパしてるより男衆の話を聞いてる方が楽しいみたいな感じで。あんまり浮ついた気分でナンパにのめり込めずにいましたが、なんとなく気付いたことがあります。

 


それは、
「0からでもやっていける力」
が超重要ということです。

 

ビジネスでは新規集客よりも既存営業の方が大事にされます。


なぜかというと、すでに信頼関係がある顧客にサービスを提供したり営業する方がより信頼関係も蓄積されやすいし、効率的にビジネスを回せるからです。
(新規ばっかやってるとしたらビジネスモデルとして破綻してます)
「この人は裏切らない人だ、一定以上の水準で仕事をしてくれる」と思われてリピートしてくれる事がビジネスにおいて最も大事です。
取引のある顧客との関係を保持したまま、取引先を増やしていけば雪だるま式にビジネスは回転して行きます。
一方、新規営業ばっかりして顧客へのフォローがなければ顧客は離れて行き、いつまでたってもビジネスは大きくなりません。


一般的にナンパは焼畑農業的になりやすく、ビジネス的な人間関係構築と繋がりにくいですけど、僕は仕事も女関係も長期的関係を続けたいと思う方なのでビジネスもナンパも既存を大事にするスタイルです。

 


なのですが、最近ちょっと違うなと思いました。


なにが違うのかというと、「依存」です。

 

・超お気に入りの既セクと別れた事
・既セクと会った時全力で楽しませられない自分
・大口の取引先への依存
・業務提携している会社へのノウハウの依存
・新規集客に取り組めていない自分のマインド
・ナンパにいまいち打ちこめていない自分のマインド

 

こういう状況をみて、
僕は自分が「依存」しているんだと気付きました。


依存はなにも生み出しません。
依存からは失敗しか生まれません。

 

 

 

僕は自由になりたいと思っています。
誰にも頼らず、自分1人で生きていきたい。
そのためには、誰よりもビジネスに詳しく、誰よりも学び、誰よりも強い心でいなければいけないはずだと考えてます。


それは例えば、アマゾンの奥地に放り投げられたとしてもサバイバルしていけるような。
そんな強さを僕は欲しい。

 

そして、その強さとは今の生活を惰性で続けて手に入るものではないです。

 

多分こういうところって、女性はかなりみてる気がします。
社会的地位とか、人間的信頼とか、もちろんそういうところも見るだろうけど。


「こいつには0からでも這い上がれるパワーがあるか」


ここをいつでも見られてるような気がします。

 

だから

「今、自分に何もなくなったとしても、0から成し遂げる強さがあるか?」

これを常に自分に問い続けないといけないですね。

 

結構これって難しい話で、なぜかというと人は安定を求めるからです。

 

不確実性の高い新規営業を続けるより、既存顧客の深掘りから雪だるま式にビジネスを展開させる方が安定するし、規模もでかくなる。
ナンパでも同じです。
でも気づいたらそれしかやらなくなってしまう。
安定してるし欲求は満たされるからいいやって感じになりますよね。


その間0から1を生み出す事を一切しなければ、サバイバルできる力という意味では弱くなっていきます。


だから、ナンパとか新規営業とか新規集客とか新規ビジネスとか、新しい事を始めるのって超大事なんですよね。

新しいものに挑み続け、ものにしていく作業。

特にナンパは最たるものです。
1人1人違って公式なんてないんだから。

 


あと、0からでも這い上がれる力の強い人って共通点があると思います。


…それは、その場を楽しんだり未知のものを楽しむ力がハンパなく強いという事です。

その場その場を最大限楽しんで、未知に挑んでいける人は、いつの間にか目の前の壁を乗り越えて高みに達してます。


多分女性はこういうところも見てると思ってて、ナンパでいうとクラブでも、ハロウィンでもストナンでも、結局楽しんでる奴が1番強いですよね。


ナンパは結局ここに集約するんだなと思います。
その場をめちゃめちゃ楽しんでる奴は、結局魅力的だし、一緒にいて楽しいし、強い。

 


楽しむ事。

 

サバイバルを楽しむ事。

 

0からでも這い上がれるか問い続ける事。

 

 

さっもう寝よ。
今日はここまで。

 

 

【身体と仕事】視力と決意

昔から目が悪かった。

 


小学校3年の時には0.3
中学では0.1くらいかな
高校の時にはさらに悪くなってた。

 


親の実家に連れていかれた時には
「流れ星がいっぱい見えるよー」
という妹を隣にしながら、星なんて一つも見えやしなかった。

 


高校では好きで続けてたバスケも、
裸眼じゃパスされたボールすら見るのが厳しくて、上手くなりようがなかった。

 

人の顔とか見えてなかったしな。
動き方とかで人を判別してた。

 

 

26くらいでレーシックを受けた。
レーシックの中でも痛い、ラゼックってやつ。
術後痛すぎて3日くらい動けなかったな。

 

理由は自衛隊を受けるため。
あまりに団体行動が不向きと思われたのか、2回受けて2回とも落ちた。
さすがに諦めたよね。

 

 

レーシックを受けて、視力は1.5に。
見ないものがないくらい良くなった。

 

可愛い子の顔だって、
視界ギリギリに入ったスタイルいい子だって見逃さない。
もちろん看板の文字だって。

 

 

 

ところがあれから7年。

 

 

 

徐々に視力が落ちている。

 


理由は明らかだ。
PCだ。スマホだ。
仕事で長い時間これを使わなくちゃいけない。

 

 

前の仕事では、1日中PCの前に張り付いていた。今もPCかスマホをいつもいじっている。

 

 


目一杯遠くにして見てるとはいえ、
やはり段々目の酷使に鈍感になって行く。

 


以前までクッキリ見えた星も、
ボンヤリとしか見えなくなってきた。

 


周りの人は
「今春だから、空が曇ってるから」
とか言うけど、そんな事はない。
自分の感覚は自分が1番知っている。

 

 


さっき川原を走った後、ぼんやりと見える星を見ながら一つ決心した。

 

それは今の仕事を、3年後までに辞めるという事。

 

WEBはこの先需要がなくなる事はないだろうと思う。稼ぎ続けられるのは間違いない、
自分もよりスキルをつけないと行けない。
この先WEBを極めようと思っているし、努力は怠らないつもり。

 


でも、その先がいまいち見えていなかった。

 


WEBで伝えられる事は色々あるし、可能性は無限大だ。どこへでもいけるパスポートを手に入れられたみたいなものだ。

 


でも、これは最終的に俺のやる事ではないと思う。

 

 

俺は、自分の身体が1番だし、身体を第一にして生きていきたい。
日々身体が充実して行くような生き方をしたい。

 


それができてこその自分だと思う。

 

 

今の仕事は、極めよう。

 


そしてどこにでも行ける自分になれたら、捨てよう。
そして身体の道に入って行こう。

 

 


そう決めた。

 

 


さて、しばらく死ぬ気で働かないと。